このサイトは「賃金不払い時効廃止法」の実現をめざす社会運動のサイトです。
◆賃金不払い時効
廃止法
〜タダ働きの撤廃〜
補足 ※このページの読了時間はおよそ7分です。
<もくじ>
■賃金不払いの時効の条文
■時効設定の理由への批判
■無請求の自己責任扱いに対する批判
賃金不払いの時効の条文
賃金不払いの時効は労働基準法に定められています。以下はその条文です。ご確認ください。
(時効)
第百十五条 この法律の規定による賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による災害補償その他の請求権(賃金の請求権を除く。)はこれを行使することができる時から二年間行わない場合においては、時効によつて消滅する。
第百四十三条
B 第百十五条の規定の適用については、当分の間、同条中「賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間」とあるのは、「退職手当の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)の請求権はこれを行使することができる時から三年間」とする。
※災害補償その他の請求権の時効が2年というのも問題がありますが、ややこしくならないよう、別に扱うことにします。
時効設定の理由への批判
ここでは時効設定の理由を批判します。とりあげるのは民法における債権の時効の理由です。賃金不払いの時効もこの理由に基づいていますので、これが賃金不払いに適用できないということを述べます。
【時効の設定理由】
まず、日本の法学上、時効の設定理由は次のようなものです。
●長い年月を経た場合には、真実の権利関係の証明が困難となる。
●権利の上に眠る者は保護に値しない。
●本来の権利関係よりも、これと異なって永続している事実状態を尊重する必要がある。
【批判】
「長い年月を経た場合には、真実の権利関係の証明が困難となる。」という理由に対する批判
これは困難ではない場合を無視しています。たしかに困難な場合もあります。しかし、そのことをもって、照明できる場合の権利までも消滅させるというのは不合理です。賃金不払いの時効をこの理由によって正当化するのは、経営者の悪徳の片棒を担いで、労働者の正当な権利を踏みにじることになります。
「権利の上に眠る者は保護に値しない。」という理由に対する批判
被害者である労働者は自分の権利を放置しているのではありません。ある者は使用者からの威圧を受け報復のおそれの中にいて、また、ある者は請求してもはぐらかされ困惑の中にいて、そうして、好転(社長の突然死など)を期待しつつ、生活のために耐えています。このような状況は「権利の上に眠る」という表現に合いません。そして、見すててよい理由にもなりません。労働者は、被害に耐え忍んでいるのであり、十分に保護され支援されるに値します。
「本来の権利関係よりも、これと異なって永続している事実状態を尊重する必要がある。」という理由に対する批判
この事実状態というのは以下の2つの意味がある。
A「労働者が請求しないことで成立している平穏な労使関係」
B「労働者が請求しないことで成立している安定的(または危機的ではあるが持ちこたえている)経営状態」
AとBは批判点がちがうので、別々に論じます。
<Aの場合>
これは、「事実状態」の誤解をもとに、尊重するべきという誤判断をしています。まず、Aの「平穏な労使関係」という事実状態の認識は、「請求しない=容認している」という曲解を前提にしており、誤解です。労働者は、請求できない状況にあり、さらに悪い事態にならないよう慎重になって、好転を期待しつつ耐えているのであり、決して容認してはいません。労働者の中にはあきらめている者もいます。しかし、あきらめているということは容認していることと同じではありません。「平穏な労使関係」は、使用者側から見た見かけ上のものであり、真実ではありません。当然、真実でないものを尊重する必要はなく、また、尊重してはなりません。もし尊重すれば、本当の事実状態を肯定することになってしまいます。賃金不払いの本当の事実状態は次のようなものです。
●使用者と労働者は権力関係にあり、労働者が使用者に対して争議することは困難である。
●不払いの状態が継続中である。(また、多くの場合で、不払いは連続的(毎月)であり、長期間(数ヶ月や数年)におよぶ。)
●使用者は不払いによって利益を得ている。(不払いをもとに自らの所得をつくっている。)
これが「平穏な労使関係」の実態です。これを尊重するというのは悪徳経営者の支配状態と加害継続による不正な利得を肯定するのと同じことになります。
<Bの場合>
Bの事実状態は労働者の請求の権利よりも尊重(優先)してよいことではありません。経営状態というものが無条件に労働者の家計よりも優先されていますが、その論拠が不明です。もし経営状態の優先を認めるなら、経営者の報酬を最低賃金にした上で、労働者へ最低賃金以上の給与を支払いながら、不払い分を支払う努力をし続けていることが最低条件となるはずです。この条件を満たさない不払いは悪徳経営者による不正な利得であり、これを内在する経営状態は特別に配慮する必要がありません。したがって、安定的な場合はもちろん、たとえ危機的であっても、経営状態を無条件に労働者の家計よりも優先するべきという考えはまったく説得力がありません。(それどころか、この考え自体に悪が見えます。この考えは、経営者の利得のために労働者の家計を犠牲にしてもよいという価値観がひそんでおり、経営者優遇であり、労働者差別でもあります。こんな考えに基づいて法律を定めることを許してはなりません。)
無請求の自己責任扱いに対する批判
「請求しないのが悪い」とか「法的手段をとらないのが悪い」という見方があります。こういう見方が時効設定を支持する大きな理由になっているようです。そこで、この「無請求の自己責任扱い」に対して、以下に批判を述べます。
請求しないのは自己責任ではありません。請求しないのは、「できない」からです。労働者個人の自由な意思による選択ではありません。
「請求できない」理由は労働者によってさまざまです。以下にそれらの事情を挙げます。
【人生と生活に大きな危険性がある】
●経営者から報復を受けるおそれがある。転勤や配置転換を悪用する人事上の報復、上司をしむけていじめるといった人間関係上の報復など、たくさんの危険性がある。これは杞憂ではない。これまでにあまりにもたくさんの被害者がいる。(経営者が威圧している場合もある。経営者の立場にいて、労働者からの請求に対して、不機嫌な態度をとればそれだけで十分に効果的な威圧になる。この威圧は労働者の行動を萎縮させる。)
●家族の人間関係の悪化をまねく場合がある。経営者が親戚であるため、親や子供の人間関係に悪い影響が出ることが起こりえる。
●地域社会からの報復、地域社会における孤立をまねく場合がある。田舎の企業の場合、経営者が地域社会の有力者であるということがあり、その経営者に対し、請求することや法的手段をとることは、地域の人々から報復を受けたり、地域の中で孤立することにつながりかねない。
●失業するおそれがある。日本は多くの労働者が非正規雇用である。経営者は、非正規労働者との雇用契約を更新しないことができる。また、派遣先から撤退(自ら契約更新を辞退)して、労働契約を期間満了にするという手法で、非正規労働者を退職に追い込むこともできる。そのため、非正規労働者は経営者からの報復で仕事を失う危険性がある。
【能力上の問題がある】
●境界知能の人の多くはコミュニケーションや理解の能力に問題を抱えている。そのため、法的手段をとることは非常に困難である。また、中には、「振り込まれていない」「不足している」と伝えることも難しい人もいる。(悪徳経営者の中には、特定の従業員が境界知能であることを察しており、それをいいことに賃金不払いを行っている者がいると思える。)
●外国人の多くは日本語の理解力に問題がある。日本語の理解力が低い外国人にとっては弁護士に相談することすら困難である。
労働者が不払い賃金を請求できないのはこれらの事情のためです。「請求することで自分の人生が大きく狂わされる」「コミュニケーションの能力に問題を抱えている」これらのことは、その人個人が作り出したことではありません。したがって、これらのことのために「請求できない」というのは労働者個人の自己責任ではありません。(法曹家は、毅然と法的手段を活用する自立的市民を前提にした議論はやめて、弱者である人々を救済する意思を強くもつべきです。)